妓楼の前で足を止め、大きく深呼吸をして乱れた息を整えた幸村は、こそりと中を覗き込んだ。もう幾度となく訪ねているとはいえ、遊郭の中に入るのはまだ些かの抵抗があった。いつもならば、中に居る誰かが幸村の姿を認め、政宗の元へと案内してくれるのだが、今日はなにやら様子が違う。皆忙しなくばたばたと動き回り、慌しい空気を醸し出している。何かあったのかと怪訝に思った幸村の目の前を、既に顔馴染みになった見習い遊女が通りかかった。
「あの…すみませぬ」
「…!これは、幸村様…ようこそ、いらっしゃいました…」
平素なら明るく挨拶をしてくる遊女の表情が、今日はやや曇り気味である。益々訝しく思った幸村は、遊女に訊ねた。
「あの…何事か、あったのでござろうか?」
「あ…いえ、その…」
遊女はもごもごと口篭り、まるでこれ以上は言えないというように、着物の袖で口許を隠してしまった。
「まさか、政宗殿に…何か?」
「…!」
幸村に問われ、遊女の顔色がさっと変わった。幸村は思わず遊女の腕をぐいっと掴み、真剣な眼差しで詰め寄った。
「何があったのでござるか!?教えて下され!」
「その子を離してやって下さりませ、幸村様」
声にはっとして幸村が振り向くと、後ろに番頭新造が立っている。番頭新造は小さく会釈して、凛とした声で言った。
「太夫がお待ちでございます。どうぞ中へ」
高級男娼・政宗様と、貧乏書生・幸村のストーリーです。
パラレルなので時代設定はありませんが、江戸~明治あたりを想像してお読みいただければ。